エンジニアの相対的位置づけ

はじめまして。

一発目は自己紹介やブログの説明から入りたいところですがそれらは抜きにして、

社会人なった頃からずーーっと考えている、タイトルについて独自の見解を述べることから始めたいと思います。

高度経済成長期においてエンジニアになることは、「モノづくり大国」日本を背負っていたことになり、間接的に国家建設(state-building)に係っていたことになります。

こんな言葉が実在している(誰が放ったかはスイマセンわからないです)ぐらいで当時エンジニアという職はとても輝かしく思えます。

実際、製造業によるモノづくりによって日本は経済大国へ昇りつめたことは事実で、1960年代から80年代にかけてエンジニアの存在は経済を発展させ社会を豊かにする原動力でした。

 

当時一般的にエンジニアは、技術開発や製品開発など上流工程で活躍することが求められていて、製品ができてからの下流工程はマーケティング部門・販売・営業部門など、”エンジニアでない人”に任されていることが普通になっていました。

殆どの産業で、そうした役割分担で特に問題は生じませんでしたし、国内はもちろん世界で戦えるだけのポテンシャルを日本は持っていました。

エンジニアが社会へ与えるインパクトがとてつもなく大きかったことがわかります。

とりあえずエンジニアなれば成功、なんかモノ作っときゃぁ儲かるZE。

みたいなノリがあったんじゃないかと思えます。

 

ところが時代は変わり、、、

モノが溢れ、各社低価格路線を模索、そして過当競争に陥り企業力の低下、日本よりも安く製品を作り出すことが出来た中国や韓国がのし上がって来ました。

人件費が安い発展途上国に工場をつくり、日本国内での製造そのものも減少。日本で作られた日本製品は、技術力が高くて品質も良いのですが、やはり途上国と比較すると値段は高い。品質よりも値段を優先する国では日本製のモノが選ばれることが少なく、結局シェアを奪われ衰退していくという末路でした。

 

そして、 

ものづくり産業でもう一度日本が輝く時代は、”ありえない”

Softbankの孫さんが言ってしまいました。

かつて世界を席巻した半導体業界や国内大手家電メーカーのように、経済危機が顕著化し以前から真面目に開発に取り組んでいたエンジニアが大量にリストラされてしまう事態に陥ってしまいました。

「過去の栄光」

残念ながら、この言葉がとても良く染み入ってしまいます。

そして世の中にモノが溢れて単にものをつくり続けるだけでは売れなくなりました。

かといって「いいモノをつくれば売れるわけでもない」んです。

既に言い古された、モノづくりに係っている人間なら一度は聞いたことの有るこの呪文ですが、残念ながら未だにモノづくりの現場は「いいモノ」を作ろうとする訳です。

ただ、一概に「いいモノ」を作ることは悪いことでもなく、間違っているわけでもありません。

「いいモノ」の中身が問題なのです。

つまりプロが認めるいい商品と、ユーザーが考えるいい商品は必ずしもイコールではない。しかし面白いことにモノづくりの現場では平気で間違った、「いいモノ」を作ろうとしています。

 

さて、ここで登場するのが高度経済成長期に下流工程と位置づけられていた、マーケティング部門(等々)なのです。

市場や顧客の動きに対処しながらそれをモノづくりへ落とし込むといった、高度経済成長期と比較するとまさに逆流状態が起きています。

現在では、マーケティングが研究・考察する対象は広く、”社会における自社・市場・競合との関係”で語られることが多く、その役割は欠かせない存在となっています。

 

つまりこの流れを個人の見解でまとめると、

エンジニアと”その他”という位置づけで企業活動が行われていた高度経済成長期から、

カテゴライズされ、”その他”が入れ替えられつつあるという事態が起きているのではないかと分析しているところであります。

 

シャープの奥田社長(当時)が2012年社長就任時に「自社に足りないものは何か?」と問われ、「海外を経験して思うことはマーケティングの弱さ。(高い技術力があるのに)市場をよくわかっていないから、良い商品をタイムリーに出せなかった」と語っています。

  

でも、エンジニアの方々は悲観する必要はないと思います。

その理由はまた今度書きますが。